大 神 島(おおがみじま)
大神島は周囲3km弱、面積0.3平方kmで人口40人ほどの本当に小さな島。
宮古島北部の最北端の東海上1kmほどの海上に浮かんでいて緩いピラミッド形をしている。
島を離れる人が多く、他の島に比べても特に高齢化が進んでいる。
神の島として有名な島で御嶽などの聖地が数多く存在しよそ者は入ってはいけない。古代的祭祀行事も残っている。
その昔海賊の襲撃を受けてある兄妹を残して島民は全滅し、現在の島民その子孫などという民話もある。
海賊キッドが財宝を隠した島とも言われ、昭和11年ころ全国から宝探しの人が殺到したとのこと。
宝探しで構わず御嶽に入って荒らした人が全員変死したとか、島の外周道路の工事関係者に体調を崩す人が続出したとか、あるテレビ局の女性レポーターが御嶽を強行取材して原因不明の高熱で何日もうなされたなどの話もある(いずれも事実は未確認)。
いずれにせよ大神島は神秘のベールに包まれた島である。
ビーチや観光名所ももちろん無いし宿は無いし売店は一軒だけである。
ただし、特にタブーを侵す行為さえしなければ、人も親切であり非常にのんびりと別世界を味わえる島である。
(2001年8月)
大神島へは宮古島東海岸の北部の島尻漁港から船が出る。1日に3便。 これは島尻の集落。 |
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島尻漁港。 この船が大神島との間を結ぶ船、ニューかりゆす。 |
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大神島に近付く。たった10分ほどで着く。 しかし朝一番の船で宮古に渡っても平良市の出勤には間に合わないので宮古で働く人は島を出るしかないらしい。 |
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大神島に上陸。港には少しの漁船が並んでいる。 本当に人の姿が少ない島である。 |
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港の前の道。 |
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港から集落へ上がっていく道。 集落はちょっと標高の高いなだらかな斜面上にある。 右手は小中学校。生徒は3人ほど。 昭和30年代のピーク時では50人を超えたらしいが。 |
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ちょっと坂を上ってきて集落が見えてきた。周囲は規模の小さな畑が広がっている。 右上に見える山がピラミッド形の山の頂上。 人の姿は相変わらず見かけない。 住んでる人は古風で排他的であると聞いていたがそれは不審に思われた場合のことだろう。 やっと見つけた人に売店を尋ねたら親切に教えてくれたばかりでなくにこやかに話しかけてくれた。 |
集落から後を振りかえったところ。 海の向うに見えるのは宮古島。 ハイビスカスがあちこちに植えられている。 |
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集落の中の小さな畑。 |
ピラミッド形の頂上に上った。標高75mで最高標高点である。 頂上の一番高いところになぜか大岩があってちょっと不思議な気がした。多分これも聖域なのかも知れない。十分にお詫びを言った上で大岩の上に登ってみた。とても眺めがよかった。 宮古島、池間島、伊良部島が見え、北のはるか沖合いには八重干瀬と思われる砕波も見える。 集落の左の海岸沿いには半円状に大岩が並んでいてこれも不思議な光景である。 |
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宮古島ごしに向うには伊良部島も望める。 |
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島の一周道路は一周せずに東・西のそれぞれで途中で切れている。 一周道路を作ってくれるとの申し出だったが聖域に触れるので途中で工事を中止してもらった、と言っていた。 これは東側の行き止まり部分。 |
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そこからの眺め。 |
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半円状に大岩が並んでいる場所。 向うの中央に見えるのはクジラ岩。 尾っぽの部分は別の岩で、2つ1組でクジラになる。 |
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こんどは西側の一周道路を歩いていく。 |
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海岸に大岩が点在しているのでその外側に埋め立てて道路が造ってある。 この道路の出現で島の面積が増えたとのこと。 |
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西側一周道路も終点に近い部分にも大岩が点在している。ノッチ(キノコ石)化が進んでいる。 これは極端に発達したノッチ。 船でも当ったら折れそうである。 |
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西側一周道路の終点。 |
そこから海を見たところ。向うには池間島、右手にはリーフがきれい。 |
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投網漁。 |
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2人の船員さんも親切で気さくに話しかけて来る人だった。 最終便を逃して港の前にある東屋で野宿する来島者もたまにいるそうである。 |
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島を後にする。 |
大神島のことがよくわかります → 沖縄タイムスの特集:島を往く・船人くらし(3)